これまで江津に点在していた「オーガニック」への価値感を持つ人たちが今、ひとつの線のように繋がり始めたように感じます。 - GO▶︎ganic|つなげよう、有機農業の輪
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これまで江津に点在していた「オーガニック」への価値感を持つ人たちが今、ひとつの線のように繋がり始めたように感じます。

これまで江津に点在していた「オーガニック」への価値感を持つ人たちが今、ひとつの線のように繋がり始めたように感じます。このプロジェクトのワーキングチームでは「イベント企画や仲間づくり」を担当しています。

 

GO ganic PEOPLES! #01
NAO FARM / 深町直子さん・桂市さん
写真・文 / 戸田 耕一郎(GO GOTSU.JP編集部)
 

 

「子供たちの未来のために、豊かな自然環境と安全安心な食の確保を。」をスローガンに掲げ、有機農業を実践する生産者とオーガニックな食や暮らしのあり方を提唱する民間の有志メンバー、それらをとりまとめる江津市農林水産課。仲間づくりや有機農業を目指す人材の発掘、オーガニックに対する意識醸成といった啓発活動を三者で手を取り合って進めていく有機農業推進プロジェクト、それが『GO ganic』(ゴーガニック)だ。

GOGOTSU.JP編集部ではこのプロジェクトの中心的な役割を担い、啓発活動を続ける方々のお話をお聞きし、連載としてお届けする。題して『GO ganic PEOPLES!』。

第1弾は江津市後地町で「環境に負荷をかけない農業」を始めて25年以上の実績を持つNAO FARM。「唄って料理する農婦」深町直子さんと「農夫・パーマカルチャーデザイナー」深町桂市さんにお話を伺った。

 

『環境に負荷のない生き方とか暮らしをしたい』という気持ちが強くなったんですね。どうしたらそういう暮らしができるのだろうと考えた時に、有機農業の生産者になるという選択をしたんです。(直子さん)

 

NAO FARMは後地町で農業を営み、農薬や化学肥料を使わない野菜作りを行っている。開園は1997年で農家として独立し、既に四半世紀が経過した。現在は年間40~50品目の野菜を生産し、収穫した野菜は主に直売や加工品として販売するが、不定期で注文がある際にはお客さんの元に直接届け、これまでゆっくりとお客さんとの関係性を築いてきた。

また、農作業と同時進行で、余ったものや規格外を使い、ジャムやピクルス、調味料といった加工品業務も行っており、地域のイベントなどに出店している。この夏にはオンラインショップも開設する。安心安全を謳える自家製シロップで作るかき氷は絶品で、地域の子どもたちにも大人気だ。農家になろうというきっかけは「環境負荷の少ない生活を実現したい」という想いから始まった。

 

「私が20代の頃の話ですが、自然環境の問題がテレビや新聞などでよくクローズアップされていました。とても関心がある分野で、私自身が『環境に負荷のない生き方とか暮らしをしたい』という気持ちが強くなっていきました。どうしたらそういう暮らしができるのだろうと考えた時に、有機農業の生産者になるという選択がありました。

高校までは地元の自然豊かな環境の中で家庭菜園も経験していましたが、東京の大学に進学してからは土に触れる機会のほとんどない生活をしていました。

大学の卒業を機に島根にUターンし県の就農育成事業を使って農業研修をさせていただくことになり、県立農業大学校に通い始めました。しかし当時は農大に有機農業科が無く、有機農業を学べる環境ではありませんでした。自分が目指す小規模な循環型の有機農業を実戦で学びたいとの強い思いが募り、研修させていただける農場を自力で探し、県には無理を言って研修先を変えていただき、埼玉県小川町の金子美登氏の下で一年間住み込みの研修をさせていただこました。

そこでは作物の栽培だけに留まらないたくさんの学びがありました。家畜の糞尿や生ゴミが堆肥になり畑で循環するのはもちろん、生ゴミを嫌気性発酵させて生成されるバイオガスを調理に使ったり、廃油のリサイクル油でトラクターを動かすなど自給エネルギーにも取り組んでいたし、他県や海外からの研修生や来客者も多く、色々な考えの人と交流できる環境でした。その時の経験や学び、出会いが今の自分の基礎にあるのは間違いありません。」
(直子さん)

 

 

「僕は出身は群馬です。結婚して島根に来る前、前職は大手企業で半導体を売る営業マンをやっていました。やりがいのある仕事でしたけど、ある日ふと、環境問題を考えたときがあったんですが、自分が作っているもの、売っているものは産業廃棄物なんだと気付いたんです。このまま行ったら人類どうなっちゃうんだろうみたいなところまで行っ てしまって。

そこでとりあえず、自分で食べるものは自分で作ろう、自給自足しようという気持ちが急に湧いてきたんですよね。思い立って、埼玉を中心に実践できる場所を探し始めましたが、そのときはなかなかイメージ通りの場所がなくて。当時職場の近くに埼玉県のPRブースがあってそこでもいろいろな情報をキャッチしたりと自分の転機を感じていました。

大学時代の友達と会ったときに、『(飲み友達だった旧姓多田直子さんが)島根で農業やってるみたいだよ』という話を聞いて、そこから連絡を取り始めたんです。ゴールデンウィークに手伝いに行ったんですけど、そこで食べたスナックえんどうが凄く美味しかったんですよ。その味が忘れられなくて。

自分は半導体を売っているんだけど、半導体のスペック上の数字だけを頭に入れて販売してるんです。中身なんて大してわかっていないんです。でもスナックえんどうとか野菜なら自分が一から種子を蒔いて、一から育てて、自分が美味しいと思ったものをお客さんに伝えるという、それってとても意味があるんじゃないかって思ったんです。この仕事の方が面白そうだなってピンと来たんです。周りの人たちにも反対されたりしましたけど、勇気を持ってIターンしました。そこからまたストーリーがあるんですけどね。(笑)」(桂市さん)

 

 

1990年代終盤、アメリカで考えられたマーケティング用語の「LOHAS」(Lifestyles Of Health And Sustainability)は健康と地球環境に配慮するという価値観に基づいたライフスタイル全般を指したもので、00年代に入り、日本でもメディアが一斉に「ロハス」をトレンドワードとして使い始めた。国連環境開発会議(地球サミット)での 「持続可能な開発」をはじめ、環境問題に対する取り組みが世界的な規模で議論され、地球環境に対する関心が一気に高まった時代だった。

NAO FARMのお二人とも20代の頃のこのような時代背景とともに「こういう暮らしがしたい」という強いイメージを持ち、農家としての自己実現向けて二人で歩み始めた。あれから25年以上が経過した。真摯に自分たちの理念に基づいて野菜をつくり、様々な加工品を様々なお客さんに届けてきた。

 

商売としての農業と、自分たちのポリシーを捨てない生き方としての農業との折り合いをどうつけていくかがずっと課題です。(直子さん)

 

「自分がやってきたなんていうよりも、お客さんや周りの人たちに支えられてきたことのほうが多くて。本当にいいお客さんに会えたからここまで何とかやってこれたと思っています。そこが本当に大きいんです。(野菜作りの)技術って言ってもそんなに進歩していないんじゃないかなっていうのが正直なところですね。この土地にはこういう作物がいいとか、ここの土に合うものはこういうものかなとか、やり続けているからこそわかることはあります。これからもいろいろな工夫もしたいし、実践していこうと思っています。

まもなく新規事業として加工場を併設したカフェ事業を始めようと思っています。NAO FARMの畑のすぐ隣でね。今年の夏くらいに始める予定なんですが、大袈裟なことではなくて今まで私たちがやってきたことを試す場所でもあるし、もう一つ違う段階に行けたらいいなっていう想いですね。急にはできないことだと思うし、これまでやってきたからこそ、次にいけるっていうような、そういう夢をいただいたと思っています。」
(直子さん)

 

 

「農業のことなんて全くわからないで島根にやってきて、もちろん仮払い機(草刈機) なんて使ったこともなくて。最初の数週間は草ぼうぼうの中で、草取りしてると新鮮な感じでした。ある日突然腱鞘炎とかなっちゃったりしてね。(笑)不耕起栽培(田畑を一切耕さずに作物を栽培する農法)とか、より極端な方向へ行ったりもしました。今思うと、若かったし、無茶苦茶なところもありました。」
(桂市さん)

 

「商売としての農業と、理想とする自給的な農業の間で揺れ動いていた時期とも言えます。中途半端なとこでちょっとやってしまったなっていう反省がありますけど、それだから今があるとも言えます。お金も稼げて、自分たちのポリシーを捨てないでいられるかっていうところの折り合いをどうつけていくかがずっと課題です。
(直子さん)

 

 

近年評判が良くなり、拡がりを見せ始めている採卵鶏を飼育する養鶏事業。NAO FARMはこの事業に力を入れている。現在は40羽程度の飼育規模だが今後100羽ほどまで増やそうと決めた。一方、鶏糞問題にも対処しなければならない。そのまま畑の肥料するという案もあるが、未だ結論には至っていないという。

どうにかまとめた上で今年度のNAO FARMの事業テーマとして実験的な「有畜複合循環型農業」を掲げていると桂市さんは言う。新規カフェ事業も立ち上げも兼ねて毎日大忙しだ。可能な限り畑の周りにある資材や地域資源を用い、循環させ、そこで出来た農産物で多くの人を笑顔にしたいというのが桂市さんの想いだ。

コロナ禍真っ只中の2021年。サーフィンが好きな桂市さんが海に出ていると、偶然平下智隆さん(株式会社三維 / あさりの杜・代表)に出会い、江津の海辺でバーベキューの時間をともにした。どちらからともなく「江津をオーガニックな街にしたいよね」と語り合った。また、都野津町にある自然食品店「希樹」の店主・寺井憲子さんを中心にした子育て世代のお母さんたちのグループ「コドモミライいわみ」がオーガニックに関する映画会をやりたいと企画し、みなで協力し合って『ここからフェスタ』(2022年2月)が開催された。

このイベントが大きなきっかけとなって同志のようなコミュニティが自然と作られていく。 直子さんは江津に「自然」「環境」「オーガニック」「自分にとって豊かな暮らし」といったキーワードを求める人や実践する人たちが少しづつ増えていることを感じ始めた。カフェや食品店、スキンケア会社などオーガニックを謳う業種の人々と同じ感覚や価値観で話ができることに楽しさや喜びがあり、そこにNAO FARMの野菜に注目が集まるのは必然だったと言える。

「今までそれぞれ点だった存在がひとつの線につながっていくというか。ようやくという感じですね。」と直子さんは笑う。生ごみを発酵させ堆肥にし、微生物の力で元気な野菜づくりを実践し提唱する「菌ちゃん先生」こと吉田俊道さんを江津に招き、NAO FARMの畑で学びのある菜園ワークショップイベント開催し、「オーガニックな活動」は様々な形で実践されるようになり、その輪は少しづつ拡がっていく。

 

「もともと、有機農業推進協議会という生産者同志による活動団体はありました。大きな活動はしてきていませんが、国の『みどりの食料システム戦略』(※大規模自然災害・地球温暖化、生産者の減少等の生産基盤の脆弱化・地域コミュニティの衰退など様々な課題への対策として食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立を目指す農林水産省による環境政策のひとつ)や『オーガニックビレッジ』(※有機農業に地域ぐるみで取り組む産地=オーガニックビレッジの創出に取り組む市町村への国の支援政策)を増やし、有機農業を推進していこうという大きな流れができたことで県も市も動きやすくなり、お互いの理解もスムーズになってきたと感じています。」
(直子さん)

 

オーガニックを感じ、多くの人が楽しめるイベントとしてNAO FARMの敷地でマルシェイベントが企画された。のちに「GO ganic FESTA!(ゴーガニックフェスタ)」 とイベントタイトルが正式に変更されるが『ごうつオーガニックフェスタ ~菌ちゃんま つり~』(2022年5月)は大盛況に終わる。

「GO ganic」として始動し、企画運営メンバーも増えたところで2023年9月、会場を菰沢公園に移して「GO ganic Festa!」として再びイベントを開催。なるべく地域の人にもわかりやすいカタチで見せたいという運営チームの考えもあり、『オーガニックってなんだろう?』というテーマについて皆でじっくり話し合った。イベント名はおわかりのとおり『GO GOTSU!』 という江津市のスローガンにかけている。このプロジェクトの中心的な人物である農林水産課の湯浅桂子さんは江津のオーガニック食材を使った飲食店キャンペーン企画 『GO ganic』を考案し、数年前から実施していたこともあり、そこで使われていたタイトルがそのままイベントタイトルになった。 

 

 

今、僕がいるGO ganicのプロジェクトチームはフェスタや映画会のようなイベント企画はもちろん、移住・定住を見据えた仲間作りや場所づくり、それに伴う情報発信などをやっていこうとしています。(桂市さん)

 

「一般的に行政は、オーガニックというと農業とか食べ物を中心に考えるんですね。となるとどうしても大規模な有機JAS認定農家が中心になるんですが、もちろん江津市も桜江町を中心に有機農業は盛んですけれども、NAO FARMのような小規模農家や道の駅に卸しているような小さな農家、それから消費者といろんな層を束ねてみんなでオーガニックを推進しようとする特徴があります。江津らしいですよね。それがGO ganic というプロジェクトとして体系化され、いくつかのワーキングチームができていきました。ちょうど3年ぐらい前からそういう取り組みが始まりました。

ワーキングチームは大きく3つのチームに分かれているんですけど、僕がいるチームはフェスタや映画会の ようなイベント企画や、移住・定住を見据えた仲間作りや場所づくり、それに伴う情報発信などをやっていこうとしています。菌ちゃん先生のような有識者を県外からもいろいろな方を招いて、ワークショップをしたり、講演会や勉強会を開催したいし、オーガニックをテーマとしたシェアハウスなどの拠点を設置して移住者の受け入れ環境を整備したりと、このあたりの土地や空き家を活用していろいろなことをみんなで企画して実践していきたいですね。一緒に取り組めるメンバーも求めています。」
(桂市さん)

 

 

四半世紀以上に渡ってこの地で農業を営んできたNAO FARM。焦って、あるいはフワフワとした心持でなにかに飛びついたりすることなく、自分たちがやるべきことに対して真摯に、ブレることなくこれまで淡々とやってきた。ここ数年感じる町の変化や、新規事業をやるタイミングは自分たちが仕掛けていくというよりはむしろ機が熟し、然るべきタイミングで向こう側から自然とやってきたのではないかと思えてくる。側から見ると引き寄せの法則のようなチカラがはたらいているようにも見える。

NAO FARMのお二人は自分たちの仕事にしても、このプロジェクトの仲間作りにしても、常にオープンな気持ちを持ち続ける。人の出会いも、なにか新しいことが始まるの もすべて「自然のチカラ」に委ねる。心地よい周波数があるコミュニティには同じように心地よい人たちが集まってくる不思議な力学がある。田舎暮らしや地方移住、または田舎で事業を始めることがまるで「ブーム」のようにメディアで取り上げられてからそれなりに時間が経過されたように感じるが、この「ブーム」は衰えるどころか今後さらに加速すると予想する。

というのも今や世界中で「どんな場所でも仕事ができる人」いわゆるリモートワーカーが劇的に増えているからだ。彼らはデジタルノマドと呼ばれ、推定3,500万人以上いると言われるが、今後数年で倍増すると予測されている。経済効果は顕著に成長曲線を描き、デジタルノマドを自国に 誘致する動き=デジタルノマドビザ発給国が、2021年2月時点では21カ国だったが、 2023年6月には58カ国と約3倍に増えた。欧州の小さな町では若い世代のデジタルノマド誘致に、1世帯あたり3,000ユーロ(約47万円)を支援する取り組みや、出産1人 につき、さらに3,000ユーロを支給するなど急速に動きが活発化している。

他国でこれだけの動きが出てくるとおそらく日本でも同様な取り組みがはじまるだろうと思って調べてみると、2024年4月1日、法務省による「デジタルノマドビザ制度」が開始されているではないか。今後日本でも場所を選ばないリモートワーカーが必ずや増えていくだろう。自分らしい暮らしやライフスタイルを求め、多様な生き方・働き方改革が起きているのは間違いない。江津にとってこのような世界の動きをどう見るか、自分たちの活動とどのように接点を作り、どう見せていくのか。高齢化、過疎化に加え、少子化対策に悩むのは江津に限った話ではないが、食だけに偏らない様々な「自分たちの街らしい、オーガニックな暮らし」をアピールするまたとない機会となるのかもしれない。

 

(完)

NAO FARM ウェブサイト