goganic-peoples01 - GO▶︎ganic|つなげよう、有機農業の輪
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GO ganic PEOPLES! #04 しまね有機ファーム株式会社 / 代表取締役社長 古野 利路さん 写真・文 / 戸田 耕一郎(GO GOTSU.JP編集部) 「子供たちの未来のために、豊かな自然環境と安全安心な食の確保を。」をスローガンに掲げ、有機農業を実践する生産者とオーガニックな食や暮らしのあり方を提唱する民間の有志メンバー、それらをとりまとめる江津市農林水産課。仲間づくりや有機農業を目指す人材の発掘、オーガニックに対する意識醸成といった啓発活動を三者で手を取り合って進めていく有機農業推進プロジェクト、それが『GO-ganic』(ゴーガニック)だ。 GOGOTSU.JP編集部ではこのプロジェクトの中心的な役割を担い、啓発活動を続ける方々のお話をお聞きし、連載としてお届けします。題して『GO▶︎ganic PEOPLES!』。第4弾は1998年より桜江町に本社を構え、有機栽培による桑の葉栽培、それを原料に開発された数々の加工製品を主力に事業を行う「しまね有機ファーム株式会社」をお伝えする。有機JAS認証による原料生産と販売と多彩なラインナップを揃える自社商品開発、そして健康食品のOEM企画を主力事業とし、30年近い実績を誇る。産地と生産工場、商品企画と開発までを一貫して行う自社の強みを活かし、国内だけではなく海外からのオファーも受け欧米を中心とした輸出業も行う。「オーガニック原料を求める企業がしまね有機ファームに辿り着き、多くの企業が島根の桜江町に興味を示してくれます。」と語るのは代表取締役社長、古野利路さん(以下、古野さん)。 なぜそんな仕組みができたのか。自社の事業にどんな想いや構想を抱いているのか。江津のオーガニック産業に未来はあるのか。桜江という土地でやることのベネフィットとは。生産組合や研究会など複数の法人をグループ企業として統率するしまね有機ファーム株式会社(以下、しまね有機ファーム)の古野さん。早速話を伺おう。 江津は人の個性や自然環境、生活文化のあり方が素晴らしい。弊社企業理念とマッチングしているんです。(古野さん) ▲江の川とともに文化が発展してきた桜江町。しまね有機ファームが保有する桑畑の一角。 「今、国がオーガニックを推進していますよね。そこに投入できる予算があるわけですが、観光地のような場所だと見せ方も変わってくるでしょうし、オーガニックのブランディング(伝え方・価値付け)は各地様々です。少し偏っているなという印象はあります。九州では有機栽培のお茶の輸出量を増やし国の目標輸出額を目指しましょうとは言っていますが、大規模な産地にしないと難しいでしょうし、米は有機国内生産量も異常気象等であまり増えてなく重量物で輸出規制も厳しい為利益を上げにくい。となると有機農業産業で可能性があるものは単価の良いお茶とか畜産しかないよね、と。 本質のオーガニックに力を入れている方は江津地域に非常に多いですね。江津は人の個性や自然環境、生活文化のあり方がウチの企業理念とマッチングしていると感じています。25年やってきてこれからもっと注目されると思っていますよ。」(古野さん) かつて桜江では島根でも有数の養蚕業(※編集部注:カイコ(蚕)を飼い、その繭から生糸(絹)を作る。取れた生糸は加工され絹織物などの繊維として使用される。)の一大産地で盛んに行われていた歴史がある。カイコを育てるためには桑畑が必要なわけだが江の川流域の土壌は肥え、この一帯にできる桑の葉は厚くて大きい。また、カイコを育てるためなのか桑には農薬が使われることもなかった。20年以上経過し、放置されていた桑畑だったが未だ活き活きしており、しっかり育った大木もあるという。 現・代表取締役会長(父:古野俊彦さん)は桜江にある自然環境と土地の魅力に惚れ込んだ。桑畑は栄養が豊富で桑を育てるのに最適な場所だと確信し、1998年に福岡からIターン。里山再生プロジェクトとしての意味合いも兼ねて「桜江町桑茶生産組合」を創業した。2000年頃には古野さんも江津にIターンし、そのタイミングで生産組合は法人化された。現在は「有限会社桜江町桑茶生産組合」 「有機の美郷有限会社」「邑智郡機能性特産物研究会」といった事業目的別に「しまね有機ファーム」グループとして関連会社をもつ。 「長い歴史があったのだからきっと桑の機能性もあると思い、データを取り始めました。実際健康食品からユーザーになっていく人っていうのは主に農薬とか化学薬品に敏感な人が多いです。特に病気になった人。健康食品を買うのに農薬が入ったものを手に取る人はいません。作る側は自然の力で出来たピュアなものをお届けする。それがコンセプトです。以降一貫してオーガニック中心に活動してきました。今では調味料や化粧品原料、漢方の原料になるものもオーガニックがいいということでグローバル化され、海外からもオファーをいただくようになりました。欧州向けにオーガニックの漢方の原料をメイドインジャパンとして輸出するなどニーズに合わせて事業拡大しているというのが現状です。サプリメントのような健康食品だけではなく、オーガニック認証基準でスパイスのような調味料も製品化しています。 今まで添加物や化学薬品を入れて輸出・流通されていたものを弊社ではなるべく使わずに作りたいと実践しています。かつ賞味期限を長くして流通させていけるような技術開発、日本の技術の力で貢献できるかということを今盛んに進めています。基本私どもはオーガニック製品以外の取り扱いはありません。」 当初から変わらずにやり続けている農作物6次化事業。桑の葉を原料とする製品群が多く並ぶが、健康食品製品のために菊芋、大麦若葉、ケール、えごまの若葉も栽培する。野菜類の有機JAS認証をとって生産するイメージはわかりやすいが、パッケージ製品、加工製品のオーガニック(=有機JAS認証)と聞くとより厳格な生産プロセスがあるのではないだろうか。 ▲桑の葉の加工場は有機JAS認証を取得しているだけあって隅々まで清潔な状態が徹底されている。(写真提供:しまね有機ファーム株式会社) 「加工品のオーガニックって実はとても大変なんですよ。衛生管理や菌規格、賞味期限のことなどハードルがぐっと上がるんですよね。工場で少しでも『加工』をしたらその対象になるわけです。少しでも異物が入っていたらニュースになる現代で、普通の商品と同じ水準のものを提供するために高価な機械を使っています。 オーガニック基準で加工するとなると、次亜塩素(※編集部注:塩素系除菌漂白剤の主成分で、一般的に殺菌・消毒を目的として上下水道や食品に対して使用される化学物質のこと)や殺菌剤、保存料や添加物は使えません。こういった1次加工をやっている工場が全国でも少ないのは、そういった手間がかかるので参入障壁が高いとも言えますね。桑があったことでいろんな経験ができました。設備投資リスクや従業員スキルアップなど厳しさもありますが、今では社内スタンダードとしての社風があるので苦にはなっていないんですけどね。(笑)」 『妥協なく、迷わず選んでもらえるものをつくる』ということが理念になっています。(古野さん) 有機栽培やオーガニック製品の定義として認証や規格の整備がきちんとなされていることは国際基準としてとても重要なことだ。例えばISO22000は、スイス・ジュネーブに本部を置く国際標準化機構(ISO)が策定した食品安全に関するマネジメントシステムだ。食品に潜むリスクを理解した上で適切に管理するシステムで例えば手洗いが徹底されているか、されていなければ必要な対策を講じるといったリスク対策を仕組み化し、社内全体で管理できるようにする。 食品製造業者をはじめ、食品を生産する一次生産者(農業や漁業など)や食品の輸送・保管業者、食品を販売する小売業、飲食店などのサービス業、洗浄剤・添加物などの製造を行う食品関連業者、食品の包装資材業者といった産業のあらゆるところに精通した仕組みと認証規格である。取引先や消費者の信頼性の向上、食品安全リスクの低減、従業員の意識・教育改革はもちろん、業務効率化などメリットは大きい。 FSSC22000に至ってはISO22000をさらに強固にした食品安全に関するマネジメントシステムとされている。現在、しまね有機ファームはISO22000を取得し、今後FSSC22000という一番厳しいとも言える国際基準を目指しているという。殺菌剤等薬剤を使わずにオーガニックで加工を行う厳しさと難しさ。食の安全を証明する国際基準ルールをクリアできるので大きなアドバンテージが約束される。 「そもそも農薬を使って原材料を栽培したり、防腐剤を使用し製造するという概念が私自身に全くないので、設立当初から害虫被害などあっても『仕方ない』と諦めるのが普通でした。逆にいうと農薬や化学肥料を使って害虫を除去したり、回復させようするというようなやり方や概念を知らないんです。もともと農薬を使っていた人がオーガニック栽培に切り替えるよりはラクなことかもしれませんね。 一般の消費者でも有機商品を選択する方が増えていますので消費者の方に対しても『妥協なく、迷わず選んでもらえるものをつくる』ということが理念になっています。それと、OEM(※編集部注:相手会社の発注品の、相手先ブランドの形をとった生産方式。)でオーガニックの原料を探している企業はしまね有機ファームに辿り着く確率が非常に高いです。そういった『黒子の立場』での知名度を知っている方は興味をもって接してきてくれますね。」 「オーガニックの原材料を手に入れようと思ったらしまね有機ファームしかない、という事業にする。苦労はするけど新たなチャレンジをしていくことが私どものグループの強みです。」(古野さん) 有機JAS認証も食の安全規格のひとつだ。これを相対的に見たときのコストパフォーマンスや事業性、併せて有機JAS農家が拡がっていかない現状についてもお聞きしたい。 「有機JASのコスパについてはものによる、と考えています。栽培まではいいですけど、例えば100gづつ小分けにしてパッキングして届けるという作業が大変だろうと感じます。そこは慣行農家も有機栽培も同じです。野菜のコストはJAさん(農業協同組合)のように集荷施設や大型ラインを持った企業に出せばコストダウンもできますが、物流倉庫など拠点のないオーガニック農家は全部自分たちでやらなければいけないんですよ。そうなると小分けのラインがあるわけではないし、すべて手作業になるのでそこにどうしてもコストがかかる。これがオーガニック野菜市場が全国で広がっていかない原因のひとつです。つまり物流と小分けコストです。 私どもが厳しい基準や規格を乗り越えてでも加工事業をやっているのは保管も常温、販売も年間分割して収支を合わせながらやれているからです。多品目展開していますが、農業部門は異常気象もあり25年間いまだに利益を上げにくいのですよ。加工部門や企画販売からの利益で回している状況ですが、それによって農業はトントンでも原材料を確保するためにできているという捉え方です。農業(原材料生産)をやめて海外や他産地から原料を仕入れるようにすればきっと黒字化できる企業だと思いますが、そうなると今はいいのですが先々を考えると必ず問題が出てくる気がしています。 国産原料であれば産地のリスク分散にもなるし、私どもの会社に依頼頂ける企業からすると原材料もまとまった場所にあることで物流コストを半分以下に抑えることができる。島根に頼むメリットがあるから頼んでくださる。一大産地としてオーガニック原料があってすぐ近くに工場があること、一貫して製造できるラインがあること、最終の商品パッケージまで製造し、商品企画もできると。25年間の業界実績もあってマーケットにも精通しているとなれば、一式頼んだほうがラクだろうと。むしろ、そのようなビジネスモデルを目指していかないと島根中心でやっていくのはなかなか難しいですよ。 ISO22000やFSSC22000を取得しているのは大手工場がほとんどの中、なぜ取るかというと有機認証の一次生産工場で取得している企業がほとんどないからなんです。」 これらの認証を取得すれば企業の加工情報などがオープンになり、大手企業側からも管理基準を満たした企業にアクセスできるという宣伝効果はもちろん、監査も不要になり、圧倒的な信頼度を手にすることができます。FSSCをとっている工場以外は原料入荷ができない企業があることを考えると、BtoBにおいてはFSSC22000があるか否かは非常にわかりやすく、相当強力な企業PRである。言ってしまえば「オーガニックの原材料を手に入れようと思ったらしまね有機ファームしかない」というような状況になり得る。国内需要だけではなく、米国や欧州、国際的に可視化されたフィールド上の企業となり、しまね有機ファームだけが持つ原材料となればそこで大きなチャンスが生まれてくるというのが古野さんの事業戦略だ。「苦労はするけど新たなチャレンジをしていくというのが私どものグループの強みでもある。」と古野さんは言う。 欧州委員会の2019年の発表によると、EUでは有機農業に対する消費者の関心は高く、有機市場の成長に対して供給が追い付いていないとされるほど市場拡大スピードは早い。EUの有機農地をみれば、直近10年間で70%以上増加し、2017年時点で1260万ヘクタール(※編集部注:1ヘクタールは100m x 100m)となった。その市場規模は343億ユーロ(4兆1160億円)まで達している。有機農地はEU総利用農地面積の7%に相当し、全世界の有機農地面積(6980万ヘクタール)のうちEUが占める割合は18%と、オーストラリアに次ぎ世界第2位の数字だ。 しまね有機ファームの販路、流通は9割が国内、1割が海外だ。欧州はじめ、オーストラリア、シンガポールと続く。今年は北米、カナダへの輸出が始まった。今後はトータルの3割を輸出にするプランがある。当然といえば当然だが、輸出先の特徴は富裕層が多く、オーガニックのマーケットが確立、あるいは成長が見込める地域が中心で日本とのオーガニック市場の違いは民間レベルで食の安全、健康意識の考え方全般にあるという。 「わかりやすいのはアメリカです。アジアンマーケットやホールフーズ、オーガニックスーパーマーケットなどそれぞれに特徴があります。まず、原料を路上で選別するような格安店に富裕層は行きません。ホールフーズ等の高級スーパーは衛生基準や包装も厳しいし、そこに出荷するためには残留農薬検査をやっておかなければいけない。 要はスタンダードがオーガニックなんですよ。日本で小規模に野菜を出荷する流通市場で残留農薬証明出せとか、ISOの規格書でフローダイアグラム(※編集部注:原料の受入から出荷までの流れを分かりやすく伝えるための製造工程図)どうなってるの?なんて聞かれることはほぼありません。一方、海外のオーガニック市場へ輸出するとなると資材や原料接着剤の安全基準までもデータを出さないと流通させることすらできないわけです。食品に関する『差』を感じますよね。」 その一方、賞味期限や調味料のビンが紫外線で変色したようになっていたり、湿気で固まっていたり、そういうのは気にしないという海外の「雑な感じ」も国民性として色濃い一面だ。例えば野菜にしても量り売りのような瓶などに少々虫が入ってても「オーガニックだからこれくらいは当たり前でしょ?」といった海外の日常を筆者も経験したことがある。とはいえ不思議と悪い印象はない様子だった。 「日本人がもし本当にオーガニックを推進して大きくしていったら凄いじゃないですか。クオリティでは勝てないですよ、海外は。私どもは海外でトラブルなんて1回も出ていませんからね。それくらい異常な真面目さがある国なんですよね日本は。もともとの基準が厳しすぎる分、クオリティは高い。アジアの一部など海外のクオリティはまだ日本より低いとも言えます。せっかく大事に栽培したものを保管や梱包、流通で雑に扱ったりね。これをもっと綺麗に、美味しい商品を展開すれば絶対売れるよね、というところから海外展開が始まったんです。 関税や輸送コストを考えると向こうでの販売単価が高いから全部利益ということではありません。国内の卸金額だって海外とそれほど変わらないんです。海外に出したら儲かるのではなくて、海外企業のほうが弊社商品を求めていただけてるから輸出を強化しています。日本で1本1,500円の柚子胡椒を出しても買ってくれる人はコンマ数%レベルです。でもヨーロッパやアメリカなど理解のある市場であれば物流コストがかかり高くなっても月に3万本、4万本普通に売れています。輸出は増やしたいですけど、最大でも3割まで。日本が成長して市場が大きくなって国内でしっかり流通ができれば逆に言えば輸出する必要がないとも思っています。」 オーガニック市場が広がっていかない日本。古野さんに聞いたその理由。 (写真提供:しまね有機ファーム株式会社) オーガニック産業に携わることがある人はなぜ日本ではオーガニック市場がいまいち拡大していかないのだろうと考えることは一度や二度ではないはずだ。農地面積に占める有機栽培の割合を比較してみると、日本で有機JASを取得している農地は全体の0.3%程度。さらに流通コストも相まってやや高くなることで「高価なもの」「いつでもどこでも手に入るものではない」と印象づけられてしまっている現状がある。さらには日本の平均賃金や可処分所得が伸び悩んでいる経済的要因なども考えられる。貧困率も欧米諸国に比べると2018年時点で15.7%(2018年)に上り、たとえ欲しくても買えないといった現実もきっとあるだろう。 「物流コストだと思います。例えば葱(ネギ)です。葱って空洞ですよね。桑の乾燥品で例えると10kg入るもの(箱)に対して2kg分しか入らないんです。空気を運んでるようなものです。それを小分けにしてパッキングするとほとんど包材の重量を運んでいるようなものです。 さらに(中継地点から)スーパーなどに分配して運ぶとなると送料が高くなる。末端価格に反映されて1個2グラムしか入ってない乾燥ネギが600円700円になってしまう。ニーズとマッチングできなくなりますよね。有機栽培の作物が日本全国に分配して見合うだけの生産量がないといえます。これがいちばんの原因だと私は考えています。 例えば(有機ではない)新鮮なキャベツ1個が100円以下でなぜ買えるのかというと、産地も大きく安く運べる物流ラインがあるからです。小規模の有機栽培の場合自分たちで宅配しようと思ったら段ボール1個で送料が700円〜800円かかります。大量に生産できる栽培物が一箇所に集まっているかどうか、ここですよ。都心部の一部の高級スーパーで取り扱っているオーガニック野菜は一極集中でまとまった単位で送ってどうにかやっていますが、さらに各地に送るようなことをしたら一気に価格が上がってしまいますよね。」 しまね有機ファームは先にお伝えしたとおり、乾燥品加工品にすれば農作物の栽培分もペイできる。青果などはやらずに加工品のみで勝負する。それでも一番良いこととしては江津で例えて言うと香の宮F&Aや反田さんのような大規模な農家が今後増えていくことだと言い切る。生産規模が大きくなれば今度はJAさんがオーガニックを扱うようになり、流通の仕組みが発展していき、市場規模も広がる可能性があるのではないか。市場規模が小さいままだと事業化が難しいと判断され、参入しにくくなってしまう。消費者市場は広がらない。なにか明るい未来はないのだろうか。 「私が将来的に考えているのは(オーガニックの志がある)小規模農家さんが集まって加工品事業をやることです。賞味期限を伸ばし、ストックし、量を増やして出荷すること。それによって、県外にもアプローチのチャンスができます。私どもは1日あたり1t加工するといった生産ベースがありますが、もうちょっと小型機の設備を充実させて1日100kgの加工を複数人で行うような、そんな仕組みができたらよいと思っています。全部合わせれば1t出るよねという算段です。そうすれば、県外のみならず世界にも提案できるような『江津の加工品』ができる。どっちが先かという話でもありますが、産地がないとできないですし、初期投資がかかる加工場がなければできません。これができれば江津にはチャンスがある。素晴らしいことだと思いますね。」 オーガニック最先端の地、桜江で考える企業としての地域貢献。「雇用を生むこと。働き口を提供したい。」(古野さん) 現在、しまね有機ファームと関連グループ企業を合わせると50名弱の従業員がいる。しまね有機ファームの特徴として設立当初から従業員の方々は農業経験者が少ない傾向にあった。「全く既成概念のないようなタイプの方や、土建業から転職する方、サラリーマンから農業を始めたという方も多いですよ。むしろ先入観がない方のほうが弊社では長く働いて頂いています。」と笑うが、桜江はオーガニック最先端で産業があった地域であることは間違いなく、オーガニックでやっている想いは他の地域に比べると強いと古野さんは分析する。 有機栽培に関しては慣行農業やってる方々からすれば「なんて効率の悪い農業をやっているんだ」と思われる方は多いと古野さんは言うが、30年近い実績が積み重なった今、会社を取り巻く状況は明るい。 「そもそもは桑の遊休畑の解消と再生がコンセプトでした。それと雇用を生むことです。今は雇用不足ですよね。遊休畑もある程度の基盤整備も増えてきましたし、時代も変わってきた。地域のニーズも昔とは違います。新型コロナの社会になって以前の農業ブームとは違い、本質的な地方の移住や自給自足で農業に意識がある人が増えてるなと感じています。大学などでオーガニックに関する講義をする機会もありますが、オーガニックや地方での生活に興味を持つ20代の学生たちが増えていると感じます。改めて江津の良さをアピールすることについて企業としてどうやって貢献できるのかということを考えるようになりました。 そのひとつとしては働き口の提供です。これまでは事業でいかに外貨を稼ぐかということでしたが、若い人たちが作ったオーガニックの作物を買取保証してあげるということもこれからはできると考えています。作物を作ったりするのは好きだけど、売るのは苦手という若い子は多いんでね。(笑)そういう若い世代が集まりやすい環境をつくるとか、住むために社員寮を作ったりとか場所の提供も併せて必要になってくるかなと思います。面接や研修に来たい方もますが、住む場所がないのでなかなか進まないということがあるんです。海外の方も同様。短期間宿泊できる設備があれば若い子のチャンスが増えますよね。畑付きだったらまた面白いですよ。1ヶ月滞在ではなく1年いてもらうようなね。 今バングラデッシュから数名働いてくれていますが、自由に使っていい畑を用意してあげています。ただ単に働くだけじゃなくて将来自国に帰ったときに自分にスキルを持てるように。少しでも多く体験することができればきっといつかは役に立ちますよね。」 福岡出身の古野さん。江津へはIターンとなるが、四半世紀が経過した。当時はオーガニックという言葉はもちろん、そのような概念も一部にしかなかった。有機栽培という言葉が使われる機会はほとんどなく、今ほど浸透していない時代だけにやりにくさは今とは比べ物にならないだろう。しかし当時から「ここ(江津)なら有機栽培の事業ができる。」と確信していたのは土地の持つ力を感じ、世界が評価する製品を開発できると信じていたからに他ならない。 江津市が取り組む有機農業推進プロジェクト『GO-ganic』のことはもちろん知っている。 「GO-ganicという取り組み自体が一人歩きして、認められるには数字しかないと思いますよ。」と捉えている。やっている、がんばっているではただの「やっています運動」に過ぎない。事業として確立し、正当に評価を得るには発した内容と取り組みを目標達成しなければいけない。これは常に厳しい現実と向き合う事業者にしかわからないことだろう。 「国にも認めてもらわなければいけないことですよ。ただ単にこういう活動やってます、ではなくて。例えば桜江でもいいから町単位でナンバーワンだよっていうようなことを意識しなければいけないですよね。なんで島根のあそこがナンバーワンなのって注目を浴びないとオーガニックな活動のしやすさは拡がっていきません。江津の有機農業でも活躍している大畑さんや反田さんもそうですし、私どもも合わせたら有機農業の耕作地としてはそこそこの面積になりますよね。 もっと有機農業に賛同するメンバーを集めていけば、あらゆる項目生産出荷額も成長していける計画を立てることができると思います。せっかくオーガニック給食への運動も掲げているし、50%くらいになれば全国はもちろん、世界でも認められるような地域になります。それがSDGsにも繋がると思っています。」 2024年6月、江津市長も町として「オーガニックビレッジ宣言」を行なったことで有機農業の推進が公的なものとなった。この先5年10年は町として発展していくための財源としても、就農や移住や定住に関わる分野においてもあらゆる意味で重要な時期になるはずだ。オーガニック産業の世界的なニーズがあるのは間違いなく、環境に良いことやヘルスコンシャスを求める時代であることは間違いない。 「これから生活環境も含めて江津は海外からもっと注目され、必ず求められる場所になると思います。なぜなら(有機栽培の地として)作り上げられた場所ではなく、元々あった場所ですから。あるものを守っていくということ。拡大よりも確実に成長させていくイメージです。それに加えて、これからは『オーガニックではないものもオーガニックに取り込んでいく』というようなイメージを私は持っています。」 有機農業の推進に向けてこれからの時代に合った取り組みを江津がどのように向き合っていくのか。オーガニック市場においては「5%のない中で商売をさせてもらっている」「その中で選んでもらえるものを作っていけなければいけない。その使命のみでやっている。」と古野さんは言うが、実績と将来性を兼ね備えた企業が江津にあるということはこの先きっと市民を勇気づけていくに違いない。 (完)...

GO ganic PEOPLES! #02有限会社 はんだ / 代表取締役 反田 孝之さん写真・文 / 戸田 耕一郎(GO GOTSU.JP編集部)    「子供たちの未来のために、豊かな自然環境と安全安心な食の確保を。」をスローガンに掲げ、有機農業を実践する生産者とオーガニックな食や暮らしのあり方を提唱する民間の有志メンバー、それらをとりまとめる江津市農林水産課。仲間づくりや有機農業を目指す人材の発掘、オーガニックに対する意識醸成といった啓発活動を三者で手を取り合って進めていく有機農業推進プロジェクト、それが『GO-ganic』(ゴーガニック)だ。GOGOTSU.JP編集部ではこのプロジェクトの中心的な役割を担い、啓発活動を続ける方々のお話をお聞きし、連載としてお届けします。題して『GO▶︎ganic PEOPLES!』。第3弾は桜江町の「自然栽培のごぼう」で有名な反田孝之さん。2004年に生産者として江津は桜江で起業。5年後に自然栽培の世界を知り、理にかなった考え方に共感。以降自然栽培という方法論で牛蒡や米、大豆を栽培するが「僕がやっている農業にこれが正解というものはない」と言い切る。桜江にあるオフィスでお話を伺った。 僕の解釈は『自然界に聞く』こと。有機肥料だろうが化学肥料だろうがそんなに変わらんよ、と。それよりも入れる量が問題なんだということ。(反田さん)  反田孝之さん(有限会社はんだ 代表取締役。以下反田さん)は桜江町に圃場を持つ。Uターンして農業を始めたのは2004年なので今年でちょうど20年。主に手がけているのはごぼう、大豆、お米。これまで一貫して養分供給という概念を持たない「自然栽培」を徹底し、自然栽培農産物及び有機栽培農産物の生産を行ってきた。農薬・化学肥料はもちろん、堆肥や有機肥料も使わない。圃場に入れるのは、圃場内で発生した作物由来の残稈(ざんかん)や藁などのみ。​水田を乾かして畑状態にし、数年程度畑作物を栽培した後に再び水田にもどすことを繰り返し行う「田畑輪換(でんぱたりんかん)」も可能な限り行わない。種は自ら採取し、土の自然な遷移を見守り、土と種が馴染んでいくことを目指す手法をとっている。ここまで聞いただけでも「どんな味がする作物なんだろう」「食べてみたい」と思ってしまう。自然栽培とはどんな農業ですか?というド直球な質問をちょっと外して、「反田流農業とは?」という言葉からはじめてみた。 「人間がアタマで考え、人間の都合で『いいんだろう』という農業が多く、そうやって頑張っている人が多いわけですけど、『自然界がいいというものを作っていこう』というのがうちの考え方です。わかりやすくいうと『菌』なんですよ。菌が世の中を支配しているんです。『菌の意思』で自然界はまわっていると言ってもいいくらい。頭の中をちょっとシフトして、その菌がいいよっていうものをつくっていこうという考え方です。菌が嫌がるのは肥料を使うこと。有機農業においては国が肥料についてもガイドラインを定めているわけですが、肥料の中でも有機肥料と化学肥料がありますよね。そこでは化学物質はやめましょうよと言っています。でも自然界、つまり菌に聞くと、有機肥料だろうが化学肥料だろうがそんなに変わらんよと。それよりも入れる量が問題なんだよと。だから稲の苗の一部にわずかに使ってますが、あとはすべてゼロでやっています。」(反田さん) 反田さんに言わせると国が定めている有機農業の定義やガイドラインは自然栽培のことを指している。そうは言っても普及するには難しいことも多々ある。その代表が肥料使用の是非だ。肥料を使わずに育てるためにはよっぽど上手くやらないとならないし、年数がかかる。だからガイドラインでは、仕方のない場合に限って有機肥料の使用を認めている。ただしその基準が漠然としているし、使用量についての規制がない。2020年の国際統計では、欧州での有機農業普及率は10%を超える国も多くあるが、日本の有機農業の面積割合は0.3%。ここからなかなか伸びていかない。それでも農林水産省は「みどりの食料システム戦略」を掲げ、2050年までに有機農地の面積割合を25%までに伸ばすと発表している。 「有機肥料は簡単に効きませんし、使用量の規制がないからたくさん使う羽目になる。そもそも始めから使うことを前提としている。それは本来有機農業にあるべき理念からかなり外れてしまったものになっていると思ってるんですよ。」 反田さんは「本来の有機栽培はなくなってしまうのではないか」という危機感も持っており、現状の有機農業の定義については少々歯痒さを感じている。 「僕がやっている自分の農業は肥料で言えば一般的に10投入するところを本当はゼロ、ゼロじゃなくてもせいぜい1とか2くらい。それが僕にとっては有機農業だと思うんですよ。農業に興味がある人にこの話をしても『なんだ、減らすだけなの?』と思うみたいですけど、入れる量を減らすというのが実はとても深いことなんですよね。」  反田さんは建設業界出身で2004年に農業に「転職」した。自然栽培という世界を具合的に知ったのは農業を始めて5年目のときだった。きっかけは建設業界にいた頃から過敏症とも言える体質でコンビニにあるようなものを食べると胃腸の調子が悪くなることなど日常生活から「食べものは大事なんだ」という意識を身をもって感じるようになったからだという。 「大手のシャンプー会社の社員が自社のシャンプーを使わない(なぜなら粗悪な商品だとよくわかっているから)とか、そういう話ってよくありますよね。ああ、世の中の経済というのは環境とか人の健康を多少蝕みながら回る、回らざるを得ないという仕組み、存在なんだというようなことを大学時代に感じたんですよ。なんという世界なのか、どうやってこの人間界をこれから先生きていけばいいのだろうと。ただ、よくわからない世界だけど、自分自身少しでも真っ当に生きていきたいということだけははっきりしていましたね。そうか、それならよい食べものを作ればいいんじゃないのと思ったんです。28歳のときまで玄米と白米の区別もできなかった自分でしたけどね(笑)。」 そのようなきっかけから農業を志した。先の有機農業普及の実態で言えば「なにかおかしい、真っ当ではないことがある」と感じてしまう背景にはこの感覚があるからだろう。また、新規就農事業として「農家ビジネス」が成り立つのかといった起業センスもそれなりに必要なはずだが、そこはどうやって進めていったのだろうか。 「この間、中学生の息子に学校から『将来なりたい職業は?』というアンケートがあったんです。それを聞いた僕は『そんなもん書くな書くな』って言ったんです。そんなもんわかるわけないじゃないかと。『ビッグになりたいって書いとけ』って言ってね。 それは実は僕が子どもの頃にそうだったからなんですよ。大学生になっても『ビッグになる』とか『王になる』なんて言ってましたからね。好きなようにやりたいように生きるとだけはわかっていました。あれ、質問なんでしたっけ?(笑)。そうそう、農業ができるのかできないのかとかその話ですよね。『俺の手にかかればできるよ』とかそんなもんですよ。」 楽観的である性格であることは言わずもがな。それ以上に20代の頃は自分に自信があったようで聞けば建設業に関わっていた25歳からの数年間、思った以上に仕事の手応えを得られたことが大きかったという。桜江出身であったことからこの土地で農業をやることを決めてUターンしたその直後に桜江(旧桜江町)と江津が合併(平成16年)した。当時の桜江町から農業起業の誘いを受けるタイミングも重なった。農地はもちろん農業機械も揃えてやる、と。できる条件が段々と揃っていく。一方、この地域で有機農業に取り組むにあたって土壌や天候、栽培環境など様々な条件を考えたときにどのような印象を持ったのだろうか。 「どの場所でやっても一緒なんでしょうけれども、やっぱり農業って自分の城の中、例えばハウス栽培ですよね。それならいいけど、僕みたいな露地でやりたい人間にとってはあまり周りに農業者がいない方がやりやすいだろうとは思っていました。島根西部や中部、江津なんてそもそも農業が盛んではない地域ですから運が良かったと思いますね。隣の邑南町なんかでやったらとりあえず袋叩きに合いますね。周りの目、ですよ。やり手の農家がいっぱいいたらまあ、僕なんかはいろんなことを言われるでしょうね。それがここだったら農業やる人自体がいないので、34歳の若者が広い面積で農業やるって言ったらそれだけで嬉しがられるようなね。はじめは有機農業なんて言っても誰もわからないし、勇気のいる農業だなんていうおっさんもいたくらいでしたから。(笑)」  今は『土のおかげだし、洪水を恨んでも仕方ないし、まあこういうことはあるものだ』と思ってここで生きていますよ。『だからこの土地には価値がある』と言ったら言い過ぎだけど、そういう視点も持っています。(反田さん) 大きな川の流域に集落ができた歴史とともにあり続ける桜江町と江の川。切っては切れないものに挙げられるのは水害だ。ここ数年だけで見ても江の川下流域では、2018年7月の西日本豪雨と2020年7月、そして2021年8月と4年間で3回の水害があった。いずれも夏場で収穫に大きく影響するほど甚大な被害をもたらしている。反田さんの圃場がある桜江町田津も氾濫の影響で江の川と境が分からなくなるほど何度も冠水した過去がある。 ▲2021年8月の豪雨翌日の松川町。江の川支流にも水が溢れ出た。(筆者撮影) 「最初の洗礼は2006年。ほぼ全ての農地が水に浸かりました。来る来るってわかってて、実際来たらすごい・・惨めでね。もう涙が止まらなかったですよ。覚悟はしてたけどこんなになっちゃうんだなってね。大変な人生になったぞと思いましたよ。でも人間って不思議でね、4年に1回くらいの洪水ならそのうち辛さを忘れちゃうし、洪水のおかげで深い土になったわけだし、牛蒡の評価も自分が面食らうくらい評価が高いので、それで牛蒡をつくれているんだって考え方が変わってきてね。今は『土のおかげだし、洪水を恨んでも仕方ないし、まあこういうことはあるものだ』と思ってここで生きていますよ。『だからこの土地には価値がある』と言ったら言い過ぎだけど、そういう視点も持っています。洪水のないときに儲けて、あるときはじっと耐えると。(笑)」 牛蒡やお米、大豆などの出荷についてだが、反田さんは古いお客さんを大事にし、優先順位を考えるやり方を続けている。出荷先は東京と県内が半々くらいだという。現在牛蒡の作地面積は0.4ヘクタール前後、生産は年間8トン9トン前後だ。(※編集部注:1ヘクタールは100m x 100m)2ヘクタールで年間最大で20トンの収穫があった時期もあったという。全体の耕地面積は最大のときから5分の1になったというが、水害対策や継続性のことも考え、現在に至っている。牛蒡3割、米3割、大豆3割、れんこん少々といったバランスだ。自己評価はしづいらいところだが、はんだ牛蒡の評価についても聞いてみたい。聞けば有機栽培の頃は「腕の見せ所」があるという。土壌分析を行い、どんな肥料をどんな風に使い、様々な知識や情報、技術を駆使して特別な作物をつくり、さらには評価を得る。しかし自然栽培の世界にはそういった「テクニック」が存在しないという。「いかに土にとっていらんことをしないか」が反田さんの基本ポリシーだ。「これはいるのかいらないのか?」「これは許容範囲なのか?」「これをやったら土に怒られるのかな?」とあれこれ考える。その結果主役は完全に「土」になる。いい牛蒡ができたとしても、「これは土のおかげ」と考えるようになった。牛蒡に対してこれ以上ない賛辞をもらうこともあるが、そのときは土に向かって「いい牛蒡だったってよ」と語りかけるという。「ちょっと気障(キザ)だけど」と反田さん。それくらい感謝と愛着を持って土と暮らしていることが話を聞きながら伝わってくる。「僕がいるのはそういう世界」で、このような気持ちは自然栽培をやってから芽生えた感情である。 GO-ganicでやっていることは「給食米をつくって提供していくこと」。ただちょっとしらけて見てしまう一面もある。有機栽培の牛蒡を食べたら具合が悪くなってしまった人もいた。有機栽培って一体なんだろうと。(反田さん)  GO-ganicでの反田さんの役割は地元の給食米をつくって提供することだ。 「有機農業推進協議会だけではアイデアが枯渇したりしますしね、有機農業を推し進めるならこれからは消費者や流通、いろんな世代やいろんな職業の人たちとも関わっていこうというのは以前から農林水産課とも話し合っていました。単純に異年齢とか異業種の人たち集まって話し合ってる方が楽しいじゃないですか。やっぱりこういうことは楽しくないとね。特に子育て世代のママさんたちが楽しく参加してもらうこともすごく大事ですよ。それを見る子どももきっと楽しく思えますからね。そういう意味では官民一緒になってできるこういう機会はとてもいいものだと思っています。農場に子ども連れてイベントやったりして大人が楽しむことも大事ですよ。」 近年「オーガニック給食」が話題だ。「未来の子どもたちによい食を提供してあげたい」と願う大人が起こす運動で、消費者や農業者、学校や保護者、そして行政含め官民一体となって活動している事例も増えてきた。東京都武蔵野市は先進事例としてこの運動をリードしている存在といえる。 40年以上前に一人の母親と一人の栄養士が声をあげたことに始まったとされ、2010年には「武蔵野市給食・食育振興財団」を設立し、地場産の野菜を積極的に取り入れながら活動を進めていく。2021年に新設された調理場では今日現在、市内の中学校(6校)と小学校(2校)の計86クラスに約3,000食を日々提供している。手作り調理と和食中心の献立が特徴だ。事例発表なども行なっており、全国から視察が訪れる。有機素材の扱いについて、この武蔵野市はまだほどほどだが、全国の中には有機の素材を使うことを第一義に目指しているところもある。反田さんはこの動きに少し違和感を感じているというが、それは実体験からきたものだった。 「僕が自然栽培を始めたきっかけは、ある過敏症の人との出会いだったんです。うちの有機栽培の牛蒡を食べたら具合が悪くなってしまった。「できれば有機肥料は使わずに化 学肥料を使ってほしい。その方が食べられる。」 と言われてわけがわからなくなりました。有機栽培って一体なんだろうと。自然栽培に出合って学ぶうちに、環境や健康にとって大事なのは、使う資材の種類ではなく、使う量なのだということを知ったんです。つまり農薬だろうと化学肥料だろうと有機肥料だろうと、たくさん使えば問題で、少なければ少ないほど良いということ。だから有機栽培でも堆肥や肥料をたくさん使っていれば、そうでない慣行栽培の方が「まっとう」だということが普通にあるんです。」 農薬を使った農産物にある本質的な問題は撒まかれた農薬自体にあるのではなく、「農薬の力を借りないと収穫まで至らない生命力の弱いものが口から入ってくる」ということにある、というのが反田さんの見立てだ。 「人類は200万年かけて、途中で淘汰されずに生き残ったものだけが口に入るという自然界のセーフティネットの中で進化してきた。そう考えると農薬の代わりに防虫ネットで防ぐことの価値が微妙になるし、そして農薬よりも、病気や虫を呼ぶ肥料の方がよっぽど問題だということになる。そしてつい大量に使いがちな有機肥料よりも、あっさりと化学肥料で育てる方がマシということなる。こんな捻れができるのは、使用資材の定性的視点のみの縦割りガイドラインしかないからだと思います。」 オーガニック給食という企画そのものではなく、オーガニックと謳うこと、それが安心安全だという行き過ぎた絶対的な信仰のようなものに異を唱えたい感覚なのかもしれないと感じた。安心安全を追求した時に定義される国のガイドラインにどうも違和感を感じてしまう反田さん。この腑に堕ちない感覚が今日の反田さんの仕事のモチベーションになっている。でもそれは真剣に、真っ当に、試行錯誤を繰り返しながらも未だ完璧解に到達できていない反田さんだからこそ、言えることでもあるはずだ。  僕らのようなちょっと変わった人間がある程度いたほうが社会全体の均衡がとれると思ってるんですよ。(反田さん) 「この先の話ですか。今のこの規模を維持した上でこの経営を持続させること。20年続けてきたと言いましたがベターな管理しかできていないけどいろいろな多方面との繋がりはできたし、まだまだ自分の予期せぬ面白いことがあるのではないかと思っていますね。世の中の役にたつことが起こってくると思ってるんです。 最近ね、芸能人にも味噌づくりやったり、そういうYouTuber多いじゃないですか。この間、朝比奈彩(ファッションモデル・タレント)さんがうちの大豆を取り上げてくれたりしてね。今年からよく使われたりしてるんですよ。上戸彩とか優香、ベッキー、あと他数人知らないモデルさんだったけど、そういう人たちをマネージメントする女性がうちの大豆を気に入ってくれたりしてね。素晴らしい大豆ですねって言われて内心『他とどう違うかよくわからないんだけど。』って思ったりしてましたけど。そういうタレントが『手の菌が美味しくするんですよ〜』とか言ってね。啓蒙活動ってことを考えるとこりゃ面白いわって思いましたもん。」 反田さんにとっての農業の面白さは「食べものをつくることと仕事が一致したような生き方が楽しいこと」にあるという。生きていくために必要な食べものを自分で作り、それが仕事となっていること。反田さんの農業には「絶対こうなる」という答えがなく、天候や水、虫など様々な自然環境の中で予測不可能なことが常に起きるという現実。デジタル思考が行き過ぎれば「こうなるべきものがそうならない」となれば、現代人は驚き慌てふためいてしまう。商品に欠陥があればすぐにクレームを入れる、ちょっと調べて物事をわかった気になったり、行ったことのない場所に行った気になってしまう、コスパの次にはタイパ(タイムパフォーマンス)思考。すぐに答えを求めてしまう傾向にあること。 情報化社会が進めば進むほど、人間本来が持っていた五感が退化してしまうという危うさ。昭和的ノスタルジー思考と言われてしまえばそれまでだが、土とともに生きることを生業とする反田さんからすれば現代社会からは大きな気づきを得ることができているのだという。 「ほとんどの人は種を蒔いて芽が出なかればおかしいと思うでしょう。それがお金を出した商品なら文句を言ったりもするでしょう。でも僕はおかしいなんて思わない。それが自然だから。そんなこともあるでしょうと。生きものの世話をする僕らは常に予測不能の中で生きているんですよ。それを日常生活に取り入れる視点というのは現代人としては大事じゃないかと思うんですよね。だから僕らのようなちょっと変わった人間がある程度いたほうが社会全体の均衡がとれると思ってるんですよ。(笑)」(完)  ...

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